2006.11.09

ロミオとジュリエットのもとネタ?

この映画の宣伝コピーで「はて?」と首をかしげたのが「『ロミオとジュリエット』の原点となった史上最も美しい悲恋物語」という文。

初めて聞いたぞ。そんなこと。以下サイトから引用。
(公式サイトがFlashでテキストのコピペができなかったので、見ながらテキスト入力しました。誤字脱字があった場合はすべて管理人みんの責任です)

『ロミオとジュリエット』の原点となった史上最も美しい悲恋物語
あなたはしっているだろうか? シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』の元になった悲恋の物語が存在していたことを。その禁じられた愛の物語は、1500年前にケルトの伝説として誕生。依頼、時代と国境を越えてヨーロッパの人々を魅了し、宮廷詩やアーサー王伝説の一部として語り継がれていった。これを元に、シェークスピアは悲恋物語の最高傑作を執筆。さらに19世紀には、リヒャルト・ワーグナーが、類い稀な和音の旋律に彩られたオペラを誕生させた。まさに至高の芸術の原点となった至高のラブ・ストーリー。それが『トリスタンとイゾルデ』だ。

ソース:映画『トリスタンとイゾルデ』公式サイト

わたしはシェークスピアも大好きですが(一番好きなのは「リチャード三世」)、トリスタン物がシェークスピアに影響を与えてるというのは、初耳だ。そりゃ古い作品が影響を与えるのは当然だが、この件に関しては影響は薄いと思う。

というのも、中世にヨーロッパ中で大流行した、アーサー王物、トリスタン物、ニーベルンゲン、ローエングリン、ローラン、エル・シド、などの騎士物語は15世紀末ごろから、印刷術の発達とルネッサンスの勃興と並行して、急速に廃れてしまったという事実があるから。本当に見事なくらい人気が落ちた。現存する騎士物語の多くが手書きの写本で、印刷本の数が少ないのも、当時の需要を反映しているのでしょう。

なぜ騎士物語の人気ががくんと落ちたのか?

  • 戦争技術の発達、弓、槍、なかんずく火気の登場で戦争の主役は甲冑に身を固めた騎士から軽装の歩兵に代わったこと。勇壮な騎士の一騎打ちというのにリアリティが減り、騎士道そのものに対する大衆の魅力も減っていった。
  • 経済状況の変化。ブルジョアという市民階級の勃興で富が移動したこと。国王や貴族が借金もちになり、資本を転がす商人や業者のほうが金持ちになる。それに伴い文芸の読者層が広がり、新たな読者は起源神話めいた神秘英雄より実在の王様の話や身近なネタをもとめるようになった。
  • 東ローマ、ビザンツ帝国の崩壊後、ビザンツが所有していたギリシャ起源の物語や文書などが大量に西ヨーロッパに入ってきたこと(西ヨーロッパでは西ローマの崩壊でギリシャローマの伝統が一旦途絶えていた)。結果アーサー王よりアイネイアスやヘクトルの話のほうがトレンディになった。
  • 宗教改革の流れが起こり、ローマのカトリック教会と教皇権が衰退したこと。聖杯伝説に代表されるように騎士物語は神秘主義的色合いの強いキリスト教。交通や経済の発展で世界が大きく広がり、神秘より論理、幻想より写実へ向かう流れが始まったこと。

などが考えられる。
もちろん当時は情報の伝達スピードが遅いので、現在に比べたら変化もゆっくりだが、騎士物語、幻想物語の需要は確実に減っていった。

騎士道物語の最後の作品「ドン・キホーテ」(前編1605、後編1615年)は当時大ベストセラーになったが、この作品は騎士道物のパロディで、現体制への批判を含んだ風刺文学であり、従来の幻想を主体とする物語とまったく異なる。(※1)

これら幻想的な騎士道物語が発掘、再評価され再び人気が出るのは19世紀になってから。

シェークスピア(1564-1616)は16世紀から17世紀にかけての人だから、丁度騎士物語の人気がなかった時代にあたる。
彼は劇作家で、つまり客のいる人気商売。当然ながら当時の観客の需要にあったものを書いたはず。当時トリスタンものが出回っていたかどうか不明だが、この時代の人から見れば古式騒然の時代遅れの物語に見えただろう。

※1 「ドン・キホーテ」の作者セルバンテス(1547-1616)はシェークスピアと同時代の人。しかも没年も一緒。

シェークスピアの作品はほとんどにタネ本があることが知られている。

「ロミオとジュリエット」(初演1595年)の場合は、オイディウス(紀元前43年-紀元17年)の「変身物語」に入っている「ピュラモスとティスベ」が原型といわれている。
「ピュラモスとティスベ」は「真夏の世の夢」(初演1592年)の劇中劇でも使われているので、シェークスピアが知っていたのは確実。
物語の内容:ピュラモスとティスベ―オウィディウス

ただしこの物語は、仲たがいの家の恋人とすれ違いが生む悲劇という構造は似ているが、登場人物も恋人二人とライオンくらいしかいない。

15世紀にイタリアのナポリで出版された本が現在のロミジュリにかなり近いらしい。
以下ウィキペディアから引用

ロミオとジュリエットの物語の成立は、西欧の民間伝承やギリシャの古典物語に端を発している。ナポリにて1476年に出版されたマスチオ・サレルニターノ作の小説集には、シェイクスピア作『ロミオとジュリエット』の原型と思われるエピソードが登場する。その物語中には、修道士の仲介、計略が失敗する過程など、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』に近いモチーフが含まれている。ただし物語の舞台はシエナで、恋人達の名前はマリオットとジアノッツァである。

ソース元:ロミオとジュリエット 物語の成立と変遷(ウィキペディア)

この後何度かイタリアの作家によって翻案され、1562年に英語訳が出版。この英訳を元にアーサー・ブルックが書いた物語詩「ロミウスとジュリエットの悲しい物語」(1562年)が、シェークスピアの直接のタネ本となる。

オイディウスから15世紀イタリアの作品までに、どのような変遷があったかは不明だが、オイディウス自体がトリスタン物に影響を与えた可能性は高いと思う。
しかし、ロミジュリの原型の物語が、トリスタン物に影響を与えたとして、それをもってロミジュリのもとネタがトリスタンとは、どうしてもいえないよなぁ(^^;)

わたしはトリスタンもロミジュリも、オイディウスに影響された別系統の物語だと考えている。
トリスタンもロミジュリも、オイディウスという土台を部分的に使って、オイディウスだけでなくそれぞれいろんな伝承や地域の風俗を取り込んで、今残っている形になったということ。

結局、シェークスピアが「ロミオとジュリエット」を書くにあたって、「トリスタンとイゾルデ」の影響が無かったといえないが、同時にあったともいえない。
そもそも400年も前の作品にもとネタ争いなんてナンセンスだが、今回の映画会社の宣伝コピーはかなり黒に近いグレーな(虚偽性の強い)コピーに感じた。

わたしはシェークスピアがアーサー王の芝居を書いてくれてたら、悲劇だろうと喜劇だろうと、さぞおもしろいものになっただろうと思う。だが実際にはシェークスピアが書いたのは、イングランド史を扱った史劇とギリシャ・ローマ・イタリアの話を使った喜劇・悲劇で、中世のケルトやブルターニュ物を起源に持つ作品は皆無だ(※2)。
「ハムレット」がデンマークの話で中世北欧起源なことと、「リア王」の原型がモンマスの「ブリタニア列王史」に出ている「レア王」なことくらいが中世の残滓を残しているが、「ハムレット」も「リア王」も一民族の伝説を越えて普遍的な悲劇(何度も時代や場所を変えて翻案されている)になっている。

※2 真夏の世の夢のタイタニアとオベロンの妖精カップルはケルトぽいところもあるが、これは飼いならされたケルトというか、中世の騎士物語のさらに原型にあった、不条理で時に恐ろしい人智を超えた力のようなものは感じられない。技術の進歩によって人間が世界(自然現象)を飼いならし始めたことで、神々や精霊は、害の少ない妖精に変化していったのだろう。

注1:エントリー中の生没年、出版年、上演年については異説もあります。
注2:「トリスタンとイゾルデ」が「ロミオとジュリエット」の元になったとする根拠は、わたしには見つけられませんでしたが、可能性が無いわけではないですので、情報、仮説をお持ちの方はコメント欄にてお寄せ下さい。ぜひ情報おまちしてます!

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2006.11.01

「トリスタンとイゾルデ」見た直後の感想

ミクシィにあげた、見たその日の感想を転載します。
けっこう辛口(^^;)
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まず一つ!
媚薬使わないならせめて婚前交渉はやめろ…orz

初夜問題(※1)どうやってクリアしたんですか、イゾルデ!?
ブラグウェンにあたるのは、映画では乳母ブラーニャだがおばさんだし、多分未亡人なので当然この役は果たせません。

※1コーンウォールに向かう船の中で媚薬を飲んで、一線を超えてしまった二人。初夜の床でイゾルデがバージンでないのがばれると大変なので、間違えて媚薬を飲ませた侍女のブラグウェンが責任をとって、暗闇の中身代わりになってマルク王をごまかした。(ひっでー(^^;))

映画では何にも言わずにマーク王はイゾルデと夫婦生活してますが、気が付かなかったのか? 気が付いていながら何も言わなかったのなら、トリー(※2)との仲にも察しがつくと思うのだが。
つねづね疑問なんだけど、女性から自己申告なかった場合、男性は処女かどうか、本当にわかるものなの? 出血の有無も人によるしさ。だれか教えてください。

※2トリスタン、トリストラムのわたしの省略形(笑)

「トリスタンとイゾルデ」はめくるめく愛の世界なわけだが、この映画、トリスタンを助けるイゾルデに始まって、二人のヌードやら濡れ場やら密会がやたら多い。きれいに描いてるしややエロスくらいなんだかど、「媚薬」という魔法アイテム、超自然的な要素を外したおかげで、こいつら頭ん中セックスだけかよ! って風に見えちゃう。

でも恋愛ってセックスだけじゃないじゃん。深い恋、深い愛、になればなるほど、相手(その立場を含めて)を想い、目を交わしただけで幸せとか、あるでしょ。(こう思うのはわたしがロマンチストだからかもしれないけど)わたしはそれが美しいと思う。
「媚薬」というアイテムはこういった思慮を取っ払って、ある種、愛の獣性をも解放する代物だと考える。だから二人は自分達の行動が制御できないし、正気のときの忠誠と自分ではどうにもできない愛の狂気の間で苦しむ。

映画では忠誠と愛の狭間で悩むというのがあまり感じられない。二人が悩むのは、一緒にいられない、ただそれだけ。そのくらい冷静になれば決着つくだろ! って程度。
こう感じるのはわたしが熱烈な恋愛をしたことないからでしょうか? (笑)
現代物ならまあこうゆう描き方も許すんだけど(見には行かないけど)時代物で、しかも二人は人の上に立つ王族や族長クラス。ならばやっぱりノブレス・オブリージというポイントがもっともっと欲しい。でないとわたしはやっぱり共感できないなぁ。

二人はマーク王のことは多少考えてるが、この映画を通して背後の民衆、戦場で実際に苦労する一般人はほとんどでてこない。マーク王はそうゆうことを考える立派な君主として描かれているので、実は一番カッコいい。

アイルランドとブリテンの扱いも、ちょっと、というかかなり気になった。
ローマが去ってしばらく後の他民族に侵略されてる時代といえば、歴史上のアーサー時代なのだが、アイルランドが徹底的に侵略者の悪者として描かれているのがいかにも短絡。「キング・アーサー」でサクソンが野蛮人の悪者だったのを思い出す。
そもそもこの時代アイルランド全土を支配する王はいない。ドナカー(この名前はどっからきたんだ?)はアイルランドの王の一人のはず。ブリテンが地方豪族に分割されてるのと同じ。アイルランドに対抗する同盟としてブリテン中から部族がやってくるってのもかなーり無理がある。部族の仲にピクト、サクソン、ジュートも入っているようだが、サクソンやジュートは一部が定住後も波状的に何度も東から侵入しているのだから、ヨークの部族まで本拠地を開けてまで見返りもなくコーンウォールまで来るとはとても思えない。ずっと「イングランド」って言ってるのも変だ。イングランドはアングル人(アングロ・サクソンのアングル)の国の意味だから、この時代はまだイングランドは成立していない。せめてブリテンといってくれ。実際地図にはブリテンって書いてあるのに…。(はっきり覚えてないがトリーのパパのときはイングランドという言葉は使ってなかったかも)

イズーの母の死にキャプションがHigh Queenってでてたのが、アイルランドの部族社会を少し暗示してたけど、伝説ではイズーの母親が実験握ってる雰囲気なんだけど、さっさと死んでしまうので、ケルトの女権イメージはみごとにすっ飛ばされてたなぁ。なんであんなに家父長制なんだ。

メロートというおいしいキャラを出しておきながら生かしきれないのも残念。サイモンは最初からいらないから、トリスタンとメロート、二人の友情と仲違いをもっと描けば腐女子萌え度アップなのに~~。
メロートの元ネタはサー・アングレット。トリーのいとこでイズーとの関係をマルク王に暴露する人。ランスに対するモードレッドの役割と同じ。名前からしてモードレッド役割定着後に同位置のキャラとしてトリスタン伝説に混ざったのだろう。

トリスタンの名前もぶっ飛んだ。なんで両親生きてるの!?(※3)理由もなく息子につけるにはひどすぎる名前でないですか(笑)

※3トリスタンの意味は「悲しみの子」というのが一般的。一般的な伝説では父はリオネス(コーンウォールより先の伝説の島)のメリオダス王、母はマルク王の妹。父が死んで母も息子を生んで瀕死。母は生まれたばかりの息子に「父もおらず自分が成長を見ることもできない『悲しみの子』」と名付けて死亡する。

ただし映画ではウィトレットが「ピクト人には従ええん!」というとこみると、トリスタン=ピクト人説を取ってるのかも。その場合は名前はドルストとかドルスタンになるのだが、語感が悪いからねー(笑)
パパの名前のアラゴンは元ネタなんだろ?

裏切り者ウィトレット、最初ウェセックスの領主(ウィトレット・オブ・ウェセックス)って言ってたように思うのだが、後半ではロード・オブ・グラストンベリーって言ってた。グラストンベリーはウェセックスじゃなくてサマセットだよなぁ。

他細かいツッコミ。
あの時代にイゾルデが持ってるようなサイズの小さい本はまずない。しかもあの本のページが妙にモノトーン。豪華絢爛なアイルランドの写本はどしたの~~。最後のスタッフロールまで見ると、イゾルデが朗読する詩はジョン・ダン(16世紀の人)のものだとわかる(笑)

あの時代にフォークはまだない。

ラスト二本の柳が絡まって云々とでるが、「イゾルデがトリスタンを埋葬した場所」に生えてるらしい。墓に一人しかいないじゃん(^^;)
伝説によってバラとかいばらとか言う場合もあるが、「死んだ恋人二人の別々の墓から二本の植物が絡み合ってはなれない」から感動なんであって、一人の墓から植物が2本出てるのは別に普通だよな。

ほめるとこ。
イゾルデの衣装はロマン派、ラファエル前派風で美しい。特に婚礼への船に乗ってるシーンが絶品。
ジョン・コリアの「五月祭のグウィネヴィア」
ハーバード・ドレイパーの「ランスロットとグウィネヴィア」 あたりがイメージ元か。

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